罪悪感

こんにちは。キャラママです🐾

今日は『罪悪感』についてお話ししようと思います。

残された『家族』にとって必ずあるのが『罪悪感』ではないでしょうか?

あの時ああしていれば、こうしていれば。。。。

考え出すときりがありません。

私も、次男亡き後、罪悪感にさいなまれました。

次男は小さな頃から『大工さん』になるのが夢でした。

子供が一番手がかかる時期。。。3歳位かな?

次男が泣き出すと、私はそっと粘土やぬり絵を渡します。

すると嬉しそうに受け取り、次男の集中が始まります。

集中力が凄いんです。何時間も何時間も、何かを作っていました。

本当に『モノづくりが好きなんだな』ってその時思ったものです。

その姿は保育園、小学校に進んでも変わりませんでした。

ただずーっと座って家の中って言うのも子供らしくない。

私はスポーツ精神を学ばせたいと思い、子供達に一つ好きなスポーツをやれば、好きな事をしていいよって言いました。

じゃないと二人とも部屋にこもりっぱなしですから。

長男はゲームにハマっていました。

次男はモノ作り。

外に出さなければ、この子達は。。。太る(笑)

動かないから身体にも良くない。

それを考えた結果です。

スポーツはそれぞれ好きなのを選ばせました。

長男はバスケ。次男はサッカー。

それはそれで楽しんでいるような、苦しんでるような。。。

体力無かったから、最初はへばってましたね(笑)

問題はその後。

小学校、中学校とスポーツは二人とも続けていました。

変化があったのは長男が高校受験の時期。

長男はゲームの道へ進みたいと理工学に進学を決めました。

次男はといえば。。。勉強大嫌い。成績もダメ。

中学の部活は美術部。サッカーは他でチームに入りました。

やっぱりモノ作りが好きなんだなってこの時も思ったものです。

次男が進学の時。。。

進路相談がある夏休み、次男から相談されたんです。

『ママ、俺は勉強大嫌い。友達は好きだけど、それよりも大工になりたい。高校行かないで大工の修行したい。3年も嫌いな勉強の為に無駄にしたくないんだ。ダメ??』って。

私は考えました。せめて高校は出て欲しいと思っていたので。

ただ次男の顔を見ると真剣です。

小さい頃からモノ作りが大好きだった次男。

保育園の夢も、小学校の夢も、中学校の夢も全て『大工さん』

親としてどうしたものか。

本人がここまでなりたいって言っているのを、後3年待てって言えるのか。

自問自答を繰り返し、私は次男の想いを尊重する事にしました。

中三の夏休み。次男と二人で、中卒で修行させてくれる会社探しを始めました。

当時はSNSの時代ではなかったので、会社を一つ一つ調べ直接会社へ行って聞くんです。

『中学生卒業後、修行させてもらえませんか』って。

二人で目星を付けた会社を一件一件当たりました。何日も何日も。

何日くらい回ったでしょうか。

ある会社に行った時『今時珍しいお子さんですね。高校行かず修行したいって。うちで良ければ採用しますよ』って言ってくれました。

それも雑誌にのるようなちゃんとした会社だったので、次男と二人大喜びしたのを覚えています。

中学三年生は二学期からは自由登校。自由登校になったら、バイトに来ていいよって言ってくれました。

ただ条件が一つ。『親元から通う事』です。

昔のように寮はないですし、中卒なので、まだまだ心配だと言うのが会社側からの意見。

当たり前ですよね(笑)

それからが大騒ぎ。

住んでいた場所だと、早朝から働くには遠すぎる。

次男の為に引っ越しを決断!

将来的に、私、長男、次男の事を考えて決めたのが、最後に次男と住んだ場所です。

マンションは違えど、現在も、私も、長男も、その地域からは離れていません。

離れられない。。。が正解かな。

話はそれましたが、引っ越しとなると大変!!

長男は高校生だったので問題ありませんでしたが、次男は中学生。

学校に話して卒業まで席を置いて貰い、引っ越ししました。

中学校卒業式では、友達に囲まれ、『将来俺達の家作ってくれよな』って友達に言われていました。嬉しそうでした。

その光景は忘れません。

まさかそれが最後になるとは。。。お友達も思っていなかったと思います。

次男は中学校卒業して、就職して一か月で亡くなったんです。

ここまでで、私の罪悪感、そして後悔をお解り頂けるでしょうか??。

『あの時、高校に行かせていれば。。。』

『あの時一緒になって会社探さなければ。。。』

後悔、罪の意識、なんで私は止めなかったんだろう。。。

その事ばかり。それは今でも変わりません。

でももう取返しがつかない。次男は戻って来ない。。。。

その事だけは理解しています。

だったらどうすれば。。。

次男は私にどうして欲しいんだろう。

その答えが出たのが15年後の今です。

『ママ、困っている人達いたら助けてあげて』って言われてる気がしたんです。

もしも私の経験が役立つなら。

私が生きている事で、少しでも救われる人がいるなら。

生きるべきだって。

ずいぶん時間かかりました。

今はようやく前を向いています。

15年間、『罪悪感』の中で生きて来た私の中に、差し込んだ一つの光

それは『生きて発信する事』

私の生きる道です。

あなたの中にも、きっと何か生まれるはず。

何年後かはわかりません。ただ、自然に生まれるんです。

だから諦めずに待っていて下さいね。

待っている間は、揺れても、泣いても、ぐちゃぐちゃになってもいい。

生きてさえいれば。必ず光が見えます。

ここに生き証人がいますから大丈夫ですよ。

待っていて下さいね。

【ボクも、ここにいるからね】

キャラママ🐾

コメント